「共謀罪」の危険性 ~一表現者としての抵抗~(岩間)

 現在、「組織的犯罪処罰法改正案」(「テロ等準備罪」法案)が参議院本会議にて審議されている。先月19日に衆議院予算委員会で可決され、その翌週には衆議院本会議でも可決された。ここ数週間、毎週のように各地で抗議デモが行われている。上記の法案についてはこれまで既に多くの報道がなされているので、ここではなるべく端的に記す。

 

共謀罪」とは?

 「共謀罪」とも表現されるこの法案は、2020年の東京五輪を控えたテロ対策を目的としており、日本政府は国連の国際組織犯罪防止(TOC)条約を締結するために必要な法案としている。組織的な重大犯罪を未然に防ぐという名目で、準備段階でも処罰の対象に含める、というものだ。しかし、この条約はそもそもテロ対策のためではなく、マフィア対策としてできたものである。またテロを取り締まるためには現在の法律でも十分対応できるという指摘もある。(ハイジャック防止法、テロ資金供与処罰法、サリン等防止法など)

 

何が危険なのか?

 まず、捜査範囲が拡大する恐れがある。捜査対象になる犯罪は277に及び、それにはテロに関連するとは言い難い犯罪も多く存在する。(著作権法種苗法モーターボート競走法文化財保護法など)また、どこまでが準備行為にあたるのかも非常に曖昧である。(5月29日の国会答弁で金田法務大臣は、「組織的犯罪集団だと確実に認められなくても、その嫌疑が客観的にある場合、捜査を開始できる」と述べている。)解釈によっては当局による恣意的な運用も行われる可能性が高い。

 

 

 

 私は今、音楽活動、また学問に携わる一人の人間として、この法案には懸念を抱いている。反対派から「現代の治安維持法」とも叫ばれているように、表現の自由内心の自由を脅かしうる法案であるのだ。連日のニュースでは、国連の特別報告者であるケナタッチ氏や、米中央情報局(CIA)のエドワード・スノーデン元職員も、この法案に対して危機感を強めている、と報道している。

 

 多くの人が集まるライブハウスで音楽を演奏すること、また政治的・社会的な歌詞を書くこと。音楽活動において当たり前であるこの自由まで、もし捜査対象になってしまうとするならば、私は全力で抵抗する。なぜならロックとは、音楽であると同時に抵抗そのものであるからだ。50年代、黒人差別がまかり通る社会状況の中でロックンロールが生まれたように。70年代後半、経済格差や増加する失業率への不満からパンクが生まれたように。

 

 また最後に、ここ数週間の間に私がtwitterなどで発言した内容について、様々な意見や批判を頂いた。それらについても反論を含め私の持論を述べたい。

 私は音楽での表現内容について(主に歌詞)は特にこうあるべき、というような考えは持っていない。政治であってもいい。愛であってもいい。下らない日常生活であっても良いのだ。ただし、差別的なもの(もしくはそれを扇動するもの)や個人の権利を侵害するような内容のものがもしあるとするならば、私は否定するだろう。音楽が誰かを悲しませたり苦しませたりするものであってはならないからだ。

 しかし、これは日本における表現活動全体に対して言えることなのだが、全ての表現者はもっと社会に対して自覚的になるべきだ。共謀罪法案に関しても、SNSでもなんでもいいから、もっと積極的に発言することが望ましいと思う。例えばアメリカでは、ブルース・スプリングスティーンやデヴィット・バーンをはじめ、多くの音楽家や俳優、芸術家がトランプ政権に対して批判的な意見を表明している。しかし残念なことに、ここ日本では諸外国に比べ、そもそも国民生活の中に社会運動が成り立っているとは言えない状況であるから、それが悪い意味で芸術表現に反映してしまっているのだ。政治的発言をしたり、抗議デモに行くだけで「過激だ」とか「危険だ」とか「宗教的だ」とか「偏っている」という捉え方をされてしまうのは、それを如実に表している。(欧米をはじめ諸外国では、政治や社会に不満があれば路上に出て抗議デモをする、という運動が根付いているのに対して、日本にはそれがない。)

 

 先月19日に私も参加した国会前の抗議活動で、主催側の女子学生がスピーチでこう語っていた。「権力に振り回され、声をあげることさえ難しくなってしまうような、そんな社会を子どもや孫の世代にまで残したくない。」 また、昨年10月に夏樹と参加した、五反田の「ゲンロンカフェ」に講師として来られていた、映画監督の深田晃司氏は「今、日本の文化は焼け野原状態である」と仰っていた。ーゼロ。つまりそういうことだ。だが、やるしかない。声を上げなければ、民主主義は腐敗する。(もしかしたら既にそうかもしれないが。)日本の約半数を占めるサイレント・マジョリティが政権の思うがままに監視され、そして後戻り出来なくなる前に。

 

終わっているなら、始めるしかない。