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Tokyo Rainbow Pride 無自覚な偏見

 5月7日、Tokyo Rainbow PrideというLGBT(性的マイノリティ)の差別、偏見のない社会共生を訴えるパレードが代々木公園で開かれた。とても盛況していたようだ。僕(渡部)は参加しなかったのだが、パレードを行進したひろ君から詳しい話を聞いた。ひろ君はヘテロなのだが、Ally(『ストレート・アライ=LGBTの味方』という意味)として応援してきたそうで、明るく前向きな運動でとても楽しかったと話していた。ハフポストの記事をチェックすると、どの参加者も明るい笑顔で写真に写っていた。性のカミングアウトは個人にプレッシャーを与えがちだが、こうして笑顔で社会に訴えられることはとても素敵だと思う。一番望ましいデモの形が実現されているように感じた。

 

諸説はあるがLGBT団体の虹色のシンボルは”虹の彼方に”からインスピレーションを受けていると言われている。オズのまほうつかいの主題歌であり、主人公のドロシーを演じたジュディ・ガーランドバイセクシャルだった。

 

 自分がLGBTに対して偏見を持っていることに無自覚だったと気付いたある出来事がある。それを語ろうと思う。

 

 行きつけの銭湯で知り合ったSという黒人の友人がいる。湯船にひとりで浸かっていたときに話しかけられて、それから自然に仲良くなった。たまに連絡を取り合い、待ち合わせて一緒に銭湯に入ったり、ふたりで夕食を食べたりする。

 

 彼と知り合って間もない頃だった。従兄弟に彼のことを話したら「よく知りもしない人とよくそんな仲良くなれるもんだな。彼は君に気があるんじゃないか?襲われないように気をつけなよ」と言われた。そのときは、ははは、そんなまさかと笑って返したのだが、それから彼と会うたびに、彼のしぐさが気になってしまった。お互いそこまで気が合うわけでもないのに、これだけ人懐こいってのは、もしかしたら……なんてことを考えていたのだ。

 

 ある日、Sと銭湯に入ったときに、僕が腕をくんで考えごとをしていると、後ろから彼に肩を揉まれた。僕の胸はドキッと音をたてたと思う。彼の股間が僕の背中に触れていたのだ。そのとき彼は微笑みながらこう言った。「リラックス!」その言葉を聞いたとき、彼がその気でないということを確認して安堵した。その安心感のなかで僕はハッとした。女性からしたら男性と友人として付き合うのって、とても怖いだろうな、と。男性の性の優位性を自覚すると同時に、さまざまな性に対する視界が開けた。自分がどれだけLGBTに対してどれほど重い偏見を持っているか。LGBTの人がどんな気持ちでヘテロとコミュニケーションしているか。そのときになってさまざまな性の問題の溝の深さを悟った。”SEXの嗜好の違い”なんて浅はかな性の認識しか持っていない自分が心底嫌になった。

 

 

 多様な性を考える上で、ヘテロである僕らが第一に考えるべきことは、コミュニケーション方法だと思う。僕らはいかに異なる性と向き合うべきか。同性に恋されたら”怖い”、”気持ち悪い”、”襲われるかもしれない”などの偏見は、LGBTとのコミュニケーションが積極的に語られない社会によって起こると僕は考える。僕も従兄弟も同性愛肯定派だが、自身の身になって友人の身になって考えることをしない点、考えが浅はかだったと思う。僕らのような偏見に無自覚な人間こそたちが悪いのかもしれない。フェイス・トゥ・フェイスでLGBTの人と接すること。カミングアウトできる社会を一緒になってつくること。そういった機会が少しずつ社会に広がることで、偏見は少しずつ解消されるのではないだろうか。その点でTokyo Rainbow Prideの成功はLGBTの自立的な社会への明るい兆しになったと思う。

 

渡部夏樹