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神保町の想い出

 先月を最後に僕は古書店バイトを辞めた。陰湿な人間関係に酷く疲れてしまったのだ。知識を磨くには素晴らしい環境だったが辞めたことに後悔はない。才能のある人間が本気になれば一つの分野で博士号をとれるだけの知識を学べただろうが、僕があのまま続けていたところでただの陰湿なスノッブになっていただろう。知識は実践されることで初めて知恵となり血肉となる。僕は自分が欲する以上のものを手に入れたが、それを自分の表現として生かす余裕を持てなかった。僕の怠慢だと捉えても構わないし、それもあながち嘘じゃない。だけど、傲慢でネチネチ鬱陶しい連中のそばにいてどうして精神的なゆとりを持てるだろう。

 それでも、この街から離れることに切なさを感じずにはいられないものだ。様々な思い出が込み上げてくる。ほのかな古本の香りと共に。東京に旅行に来ては必ず小宮山書店を訪れてショーウィンドウ越しの高価な写真集や画集をうっとりと眺めた高校の頃、絶望的な人生に救いの言葉を求めて詩集を求め歩いた上京一年目、古書店で働き始めてから山のように買い集めて読みふけった本の数々、職場での出会いと別れ、何度通ったか分からないさぼうる、黄金色に彩られたラドリオやミロンガ、通い詰めた田村書店、矢口書店、@ワンダー、その他多くの書店の光景が網膜の奥で瞬いては静寂の中に消えていく。いつの僕も悲しみに暮れていた。人生に失望していた。それなのに記憶の中の僕は遠い遠い昔のハリウッド映画の主人公のように、美しく儚い瞬間を謳歌しているように思える。人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ、とはチャプリンが言ったものだが、本当にその通りで、人生、鬱屈からも悲しみからも解放される事はないにせよ、重く辛い記憶も甘い物語として笑えるときがくる。不思議なものだ。

 僕はあの街を愛していた。だけど、暫くあの街を訪れる事はないと思う。あの街と共にいた今までの僕に別れを告げたい。次に訪れるときは表現者として身を立てていたい。そう思う。渡部夏樹