コンビニでの会話

―1月某日夕刻、都内のとある学生街のコンビニにて―

 

店員Aは20代前半、大学生男

客Bは50代後半~60代前半男

 

「いらっしゃいませ」

「(スポーツ新聞の1面を指差して)おい、こんなとんでもない奴が大統領だぜ。 どうするよ」

「そうですね」

「俺らはもう死ぬから良いけどよ、お前らの世代、大変だぜ。安倍ちゃんに戦争行かされることになるぞ、良いのか?(苦笑)」

「そうですね」

「そうですねって、戦争始まってもいいのかよ?最近じゃ中国も力持ってきてるし、アメリカも結局、国境に壁つくるみたいじゃねえか。ヨーロッパでも極右が気勢を上げて、難民に対してとんでもなく閉鎖的だ。日本の外国人労働者も年々増えて、100万越えたらしいじゃないか。ここの店にも何人かいるよな。お前どう思うんだ?」

「お客様、後ろの方がお待ちですので…。」

「まったくよ…お前ら本当に自覚したほうがいいぜ。友だちも、家族も、恋人も…全て奪われてからじゃ遅いからな。よく考えろよ。(再び苦笑)」

 

「ありがとうございました」

 

岩間寛佳

”この世界の片隅に” ーリアルな戦争ー

 先日、従兄弟に誘われて"この世界の片隅に"を見に映画館に足を運んだ。随分前にこうの史代さんの原作を読んでいたので公開当初から関心はあったのだが、話題作を世間の熱が冷めてから見るような偏屈な僕なので映画館に向かってまで見たいとは思わなかった。従兄弟が誘ってくれなければ、もしかするとこの先何年も見ることもなかったかもしれない。 結論から言えば、素晴らしいの一言に尽きる映画だった。生々しい戦争を肌で空気で感じられる作品だった。映画館を出てから僕はあまりの衝撃と感動に言葉を失ってしまって従兄弟と何を話せばいいのか戸惑ってしまったくらいだ。キネマ旬報しかり様々なメディア、著名人から褒めちぎられている映画なので安易に賛成もしたくなかった天邪鬼な自分だったがことごとく打ちのめされた。僕はなんて卑小な人間なのだろうと天を仰いで懺悔したほどだ。

 

 しかし、天邪鬼な僕でなくとも、先の大戦を扱った作品にはどうしてもナイーブになる人は大勢いるだろう。というのも大抵、硬苦しく、お涙頂戴で、監督の押し付けがましい思想を見ることが大抵だ。必要以上に戦争の悲惨さや巻き込まれた市民の自虐、被害者意識、死にゆく兵士、大戦を生き抜いた兵士のお国のためヒロイズムが前面に描かれてしまう傾向に大きな不満を感じるのは僕だけでないはずだ。2年ほど前に塚本晋也監督の大岡昇平原作の野火を観た際にも感じた事だが、戦後世代の僕たちにとっては先の大戦の映像再現はファンタジーとして映ってしまって真の意味でのリアルはそこにない。野火もコンラッドの闇の奥に迫る勢いで兵士という状況下の個人の狂気的な心理描写、戦争のグロテスクさを高い映像クオリティで再現していたが、あの映画を現実のものとして感じられた人はごく僅かな人だろう。では、僕らにとって何処までもファンタジーでしかないリアルな戦争との距離はいかに縮められるか、どのようにして”この世界の片隅に”が僕に現実を感じさせたかという話題に移ろう。

 

 いつだったか僕の父と戦争について議論を交えたとき、父が詩人兼思想家の吉本隆明戦争と平和という著書の内容に触れたのを覚えている。吉本はトルストイ戦争と平和の終幕、戦地で銃弾に倒れ死に際の主人公が青空を眺め、平和だな、と呟くシーンに触れ、戦争は状況であり、平和は心のうちにあるものであると著書に表したと父は語っていた。僕はどちらの著作も読んでいないので確証は得られないのだが、この話はロジカルだと思うし印象に残っている。戦争のリアルさ、現実味を再現する上で、戦争という状況下での人の心理と、現代に生きる我々の心理とを剪断する表現、大きく突き放してしまう表現とは戦争という非日常的イベントに対する心理的な距離感であると思う。

 

 戦争を描いた漫画で水木しげるラバウル戦記がある。水木しげるラバウルでの戦争体験をもとにした半自伝的な作品だ。水木しげるは僕らと何も変わらない普通で他愛のない人々=兵士を描写する。戦争という異常な事態にあっても、現代を生きる普通の人々と変わらずサラリーマンのような普通さで、戦地にいても娯楽をし、そばで仲間が死んでもまた、のんべんだらりと勤務をこなしていく。物語の中では生きるか、死ぬかの恐怖のドン底にあってもその状況に簡単に慣れてしまう兵士が描かれる。レイモンド・ブリッグスの風が吹くときという絵本もそのような戦時下の淡々とした日常が描かれる作品だ。イギリスの田舎町に住むありきたりな老夫婦が核戦争に巻き込まれ、原爆の放射能汚染で死ぬまでを描いている。ブリッグスはとてもユーモラスで柔和で暖かいキャラクターを描く作品が多く、この作品で描かれる老夫婦も同じなのだが、放射能に対する吹き出してしまうほどの無知な会話、戦争が身近に差し迫る緊迫した状況下でも変わることのない平穏な日常風景などは悪寒を感じさせるほどのブラックユーモアで満ちている。これらの長く語り継がれる作品、そして、”この世界の片隅に”が描写しているのは日常的な幸せ=(心のうちに存在する)平和が戦争によってが侵食されていく過程である。戦争は開戦が宣言された瞬間に戦争が始まるのではなく、平和を侵食されて初めて戦争を実感するのだということを教えているのである。”この世界の片隅に”では戦時下での人々を描写するがそこにはありふれた生活や日常が描かれる。むしろ、主人公のすずはその生活を楽しんでさえいる。すずは戦争の不穏さを日ましに感じ取りながらも、戦争そのものの不条理を疑うことはあまりない。監督は変わりゆく生活に明るくユーモラスに対応するすずにスポットを当てている。しかし、否応なしに迫る過酷な現実からは逃れられるわけもなく、彼女は、そして観者でさえもが想像を絶する残酷を叩きつけられ、初めてそこで戦争がどんなに冷酷かを知り、戻り得ない平和への断絶を実感する。ラバウル戦記では特攻、風が吹くときでは爆弾投下の描写がそれにあたるだろう。戦争という状況は決して非常なものではなくむしろ身近に存在し得るものなのだが、絶望という転落が起こらない限り、誰も気づかない、気づけない生々しさが戦争の現実である。

 

 どんなに不穏で不条理な日常下であろうとその生活が続くにつれ人は簡単にその日常に適応する。物価が高騰したかのように日増しに切迫する配給を疑いもなく受け入れるし、戦艦を見て戦闘機を見て感動する、敵兵をやっつけてくれよと心から応援する。それは時代を超えてリアルな描写ではないだろうか?だから、戦争というものを描く上で戦争という状況下の異質さを描く作品が重要ではない。むしろ、戦争という非日常的状況下が身近にあり、その生活で蝕まれていく(内省的な)平和の描写が重要なのだ。そして、人は悍ましいヒロイズムや安っぽいセンチメンタリズム、くだらない思想で生きているのでもなければ死ぬのでもない、日常を送っているのでもない。それは気が狂っている人間である。心のうちにある平和が戦争の中で起こるイベントによって蝕まれ臨界点を超えたとき、初めて戦争を実感する。それは戦争を進学だとか就職だとか失恋だとかに当てはめても同じ感覚として、つまり日常の風景としてそこに戦争があり得るという事こそがリアルな戦争の正しい表現ではないだろうか。結局のところ、ほとんどの人間は自身の生活、日常によって生かされている事を否定できない。誰もがそのそもそもの日常を疑うことをしない。その日常を生きる人間の生々しさを繊細な表現で描ききれた"この世界の片隅に"は戦争映画史に後世まで名を残すであろうと思う。 渡部夏樹

 

追記:レイモンド・ブリックスの風が吹くときはアニメーションとして映像化されていて音楽をピンク・フロイドロジャー・ウォーターズが担当し、主題歌をデヴィット・ボウイが歌っている。音楽好きにも楽しめるしYoutubeにアップロードされていることもあるので機会があれば見て欲しい。

 

追記2:”この世界の片隅で”の原作を読んだ、と書きましたが僕が読んだのは”夕凪の街、桜の国”でした。そちらの原作のオマージュもあったので監督が敢えて原作を再編したものだと勘違いしていました。悪しからず。

 

分断化と寛容の心

「変化」の年となった昨年における、イギリスのEU脱退からドナルド・トランプの大統領選出然り、各国で肥大する反グローバリズム、また極右政党の台頭が今後私たちの暮らしを脅かし得るなどという懸念が、一体どれだけの人々の胸中にあるだろうか。国内を見渡せば、相模原での障害者施設襲撃事件、貧困バッシング、過労自殺原発避難民のいじめ、沖縄でのオスプレイ墜落事故など、日常に潜む不安を増幅させるような事件が相次いだ。

他方、SNSなどで個人の動向を逐一投稿し、それに対する反応など、バーチャル空間での繋がりを求める風潮も相まって、より一層コミュニケーションが希薄になり、見かけ重視、わかりやすさ重視、言い換えれば、手軽なメディアを用いたその場しのぎの関係性が蔓延ってはいないだろうか。精神科医斎藤環氏によると、近年の若者は、他者からの「承認」のために就労、交際、結婚などという行為をする傾向があるという。

このような潮流の根底にあるのは、概して「他者に対する不寛容さ」ではないだろうか。個々人の意識の内に潜む差別や蔑視の心は、バッシングやポピュリストたちによって呼び起こされ、それがいわゆる「分断」に拍車をかけているようにも見て取れる。先日も私のとある友人が、「他人の生活や、その時の心理状況など考えていられる余裕はない」といった趣旨の言葉を口にしていたが、確かにそれもそうだと、妙に納得してしまったのを覚えている。多くの人間たちにとっては、自分と、また自分の所属するコミュニティにおける日々の事象についての思念で精一杯であり、社会がどうとか、街ですれ違う人々についてまで配慮出来るほど寛容ではないのだ。

けれども、そのように欠落した配慮の心は、結局は自分と直接的な関わりがない他人だから気遣いなど不要、自分さえ快く過ごすことができれば人を貶めても構わない、といった思考に陥りやすいのではないか。それが移民排斥を声高に叫び、また貧困者、低所得層の人たちを「自己責任」だと追い込むような言説がまかり通る一つの要因になっていると思えてならない。他者に対する不寛容の精神が、分断の溝をより一層深いものにしている。

主張や意見の食い違う相手に対して、自分の常識や正論を振りかざす前に、一度立ち止まり、複眼的に考察してみる。また、街ですれ違う人々について、少しでも思慮を巡らせてみる。道徳的なこういった心がけが、分断化が進む昨今では、一層肝要なのではないだろうか。

岩間寛佳

”ふつう”を考える

 先日、ヒロくんがTwitterのバンドアカウントにて大橋裕之氏の人権ポスターについてのニュース記事をRTしたと思う。あの記事について、改めて自分なりに考えたことがあったのでここに記したい。

わたしの「ふつう」と、あなたの「ふつう」はちがう。それを、わたしたちの「ふつう」にしよう。 

 このキャッチコピーはシンプルな言葉だが、同時にものすごく難しい言葉でもある。このポスターを見て誰もが当然の正しい言葉だと感じるだろう。たが、ほとんどの人間が自身の"ふつう"に対して疑う事はしないものだ。知らず知らずのうちに自分にとっての"ふつう"、自分の周りにとって"ふつう"という理由が誰かを磔にしてるかもしれない。それは身近に存在したりする。それは女性やLGBT(性マイノリティー)に対してケースのように誰にとっても分かりやすい不条理な例ではないことが多いだろう。

 例えば、いじめ。あいつ根暗だから、性格悪いから、ノリが悪いから、ウザイから、キモいから、バカだから、仕事が出来ないから、クラスと馴染めないから……あんな奴には何を言ってもいい、何をやってもいい。社会の”ふつう”に適応できないのだから、”ふつう”になる努力を怠るのだから、そう接するのが”ふつう”だろ、と。無意識的にそんな風に人と接してしまった経験はないだろうか?……僕はある。僕自身がそうだったのだが加害者はマジョリティである事を後ろ盾に自身の間違いに気づけない。それに気付けても、周囲の目を気にして謝まることも出来なかったりする。でも、それは素直に反省すべきだ。別に仲良くなる必要もないし、勇気がなくて謝れなくてもいい。距離をとることは出来るし、周りにもうやめようと促すことも出来るはずだ。

 人間全体が分かり合うことはないのだろうと思う。何世紀たったって宗教戦争は起こるし、身近にいるウザくてキモい奴はこの先もウザくてしキモいままだ。でも、分かり合えないからこそ、人間はこうも魅力的なのだ。分かり合えないから人は愛を求めるし、愛を愛することが出来る。苦しんでいる人間に手を差し伸べること、人の罪を赦すこと、それこそが至上の愛だと思う。誰かの”ふつう”を理解すること、そしてそのふつうに尊厳を持って接することが大事だと思う。 渡部夏樹

神保町の想い出

 先月を最後に僕は古書店バイトを辞めた。陰湿な人間関係に酷く疲れてしまったのだ。知識を磨くには素晴らしい環境だったが辞めたことに後悔はない。才能のある人間が本気になれば一つの分野で博士号をとれるだけの知識を学べただろうが、僕があのまま続けていたところでただの陰湿なスノッブになっていただろう。知識は実践されることで初めて知恵となり血肉となる。僕は自分が欲する以上のものを手に入れたが、それを自分の表現として生かす余裕を持てなかった。僕の怠慢だと捉えても構わないし、それもあながち嘘じゃない。だけど、傲慢でネチネチ鬱陶しい連中のそばにいてどうして精神的なゆとりを持てるだろう。

 それでも、この街から離れることに切なさを感じずにはいられないものだ。様々な思い出が込み上げてくる。ほのかな古本の香りと共に。東京に旅行に来ては必ず小宮山書店を訪れてショーウィンドウ越しの高価な写真集や画集をうっとりと眺めた高校の頃、絶望的な人生に救いの言葉を求めて詩集を求め歩いた上京一年目、古書店で働き始めてから山のように買い集めて読みふけった本の数々、職場での出会いと別れ、何度通ったか分からないさぼうる、黄金色に彩られたラドリオやミロンガ、通い詰めた田村書店、矢口書店、@ワンダー、その他多くの書店の光景が網膜の奥で瞬いては静寂の中に消えていく。いつの僕も悲しみに暮れていた。人生に失望していた。それなのに記憶の中の僕は遠い遠い昔のハリウッド映画の主人公のように、美しく儚い瞬間を謳歌しているように思える。人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ、とはチャプリンが言ったものだが、本当にその通りで、人生、鬱屈からも悲しみからも解放される事はないにせよ、重く辛い記憶も甘い物語として笑えるときがくる。不思議なものだ。

 僕はあの街を愛していた。だけど、暫くあの街を訪れる事はないと思う。あの街と共にいた今までの僕に別れを告げたい。次に訪れるときは表現者として身を立てていたい。そう思う。渡部夏樹

デモについて

  昨日、新宿にて最低賃金1500円を掲げるAEQUITASのデモ行進があった。僕も参加するつもりでいたのだが、今日がデモの日だということをすっかり忘れていて、その事を知った頃にはデモはおろか1日がほとんど終わっていたのである。本当に残念だった。

 SEALDsが中心となって動いた安保法案反対デモ以降、デモは東京のあらゆるところで見かけるようになった。デモといえば思想に凝り固まった気難しい人間の閉鎖的なコミュニティという雰囲気があったように思えるが最近は幅広い年齢層の多くの一般人が気軽に参加していている。というのもSNSによる開放的なメディア展開が親近感をもたらしているからだろう。AEQUITASのHPを見ればわかることだが、政策提言も政治に疎い一般人にもわかりやすいよう工夫した情報開示を行っている団体もいる。とても好ましいことだと思う。 渡部夏樹

ラジカルな音楽1

ロックンロールは、別に俺たちを苦悩から解放してもくれないし逃避させてもくれない。 ただ、悩んだまま躍らせるんだ。 

ピート・タウンゼント 

  ”ロックは死んだ”という言葉は奇妙な言葉だ。”死んだ”と言うからにはロックは生き物なのである。他のポピュラー音楽でジャンルそのものを生物になぞらえた表現は殆どないだろう。少なくともポップスは死んだ、クラシックは死んだなんては誰も言わない。大抵どのジャンルだろうと音楽は流行らなくなったというのが普通だ。

 では、何故、死んだ、なんて言葉が使われるかというと、説明するまでもなくロックという表現は表現技巧の卓越さ以上にロックである反骨であるという精神が思想が根幹を成しているからだ。ロックは抵抗運動体でありそのコミュニティの死、精神の死が音楽の死を意味したのである。そこが他のジャンルと決定的に違うところだと思う。考えてみれば生まれてたかが半世紀の歴史でこれほど多用的に拡張したジャンルは他にない。ロックはその貪欲な反骨精神からロックがロックである事を憎み、同族同士、そのテーゼを反証をしあったのである。ロックがロックであるためにロックは死ななければならなかったのだ。

 だから、同じロックは死んだという言葉にせよ、その時代によってニュアンスはまったく違っていた。50年代、権力によって解体された時代に囁かれたロックの死と90年代にカート・コバーンが宣言したロックの死とはまったく違うのだから。さて、では現代囁かれているロックの死は何を意味するだろうという事だ。僕は、少年少女たちが反骨である事を望まなくなったロックという精神の死、もしくはロックというデモストレーションの方法論の変化ではないか、と思う。と、話を続けると長くなりそうだ。それに熟考しながら書いているので筆が遅い。この話題は近いうちにじっくりと煮詰めて書きたいと思う。 渡部夏樹